第四章:ND-19 マイナスがあるから人生は楽しい

偽できない理論

これはチェンジ理論の記事です

より番号が若い記事の続きとなります。分からない方はこちらをお読み下さい。

偽できない理論(ND)目次

2019年1月2日

第四章:ND-18 誰の目も気にする必要はない

2019年1月20日

134.幸福感は状態ではなく過程に生じる

充実感のある幸せな人生を送りたい。そう思わない人はいないだろう。しかし、どうすればそれらが手に入るのか、知っている人は少ない。たいていの人は、お金や地位、ものを持っている状態が幸福だと信じている。しかし実際は、何かを持っている状態にそれほど幸福感は感じられない。充実感や幸福感が生じるのは状態ではなく、過程である。例えば、山登りの楽しさを考えれば分かりやすい。険しい山を制覇するのに困難があるのは当然だ。どうにもならない外的要因に翻弄されることもあるだろう。登頂という状態に充実感があると言うなら、そんな苦労をせずにロープウェイで登ればよい。そうしない人がいるのは、彼らが過程の楽しみをよく知っているからだ。登頂とは、一つずつ地道に困難を乗り越えた結果に過ぎない。その過程をなくせば、山を登る楽しさや喜びは半減するだろう。勉強や仕事、スポーツ、子育て、社会復帰についても同じである。マイナスからプラスへと、状態を変化させる過程の楽しみを知らなければ、人生は退屈なものになるはずだ。

135.充実感のポイントは過程と仲間にある

しかし、一人で乗り越えられる困難というのは程度が知れている。過程を楽しむポイントは、それを他人と協力して乗り越えることだ。ただ困難を乗り越えるだけではつまらない。どんなに困難な課題でも、それに挑戦する仲間がいれば、勇気を相互に補給し合うこともできる。仲間と困難を乗り越える過程に充実感を感じるのは、人の神経系統がそうできているからだ。前述した通り、人の身体構造は古代人のそれと変わらない。食料を得る過程に面倒さを感じた個体はすぐに死んでしまっただろう。一人で狩りに出かけた個体も子孫を残せていないはずだ。現代人の祖先は、仲間と一緒にマンモスを狩る過程に充実感を感じられた個体である。私たちがバーベキューやスポーツに楽しさを覚えるのも不思議ではない。人生の充実感や幸福感を増やすポイントは過程と仲間、この二点である。

136.手軽に手に入れたものに価値は感じない

現代人は過程の楽しみを軽視しがちだ。苦労を乗り越えるなど無意味なことであり、重要なのはいかに効率よくそれを達成するか、である。確かに、ロープウェイを使えば、苦労する必要はないし、他人と協力するという面倒な作業も不要だ。山登りに限ったことではない。現代社会には、いつでもすぐに簡単に、手軽に問題を解決するための技術が豊富にある。一人でも食料を調達できるし、遠方の家族と話すのに手紙を待つ必要もない。  その気になれば、誰とも会話せずに生活することもできるだろう。しかし、過程や仲間を省いて何かを達成しても味気なさが残る。しかも、手軽に手に入れたものはあまり価値を感じないはずだ。楽して稼いだお金を散財したり、バーゲンで買った洋服に愛着を感じなかったりする。いずれも価値を手に入れるのにあるべき過程を省いているからだ。それを達成する面倒さと、得られる充実感は相関している。だとしたら、現代人が精神的に貧しいのも、決して理解しがたいことではない。

 

137.困難や障害を克服する機会を奪わない

 

例えば、ロールプレイングゲームの楽しさも困難を克服する過程にある。いつでもすぐに簡単に、手軽にクリアできるゲームを想像してみて欲しい。出会う敵は一撃で倒せるし、レアなアイテムもすぐ手に入る。ダンジョンは一本道で謎解きもカンタン。最後のボスも大して強くない。そんなものが楽しいと感じるだろうか。つまり、それが現代人の人生だ。人の感情が動くのは、仲間と協力してマイナスをプラスに変える物語である。例えば、あるべき困難を親の手で解決された子どもがいたとしよう。生きる意味を見失ってしまうのは当たり前だ。人生をリセットしたくなる心境も想像できる。楽しみを奪われた人はそれを取り戻そうとするだろう。ゲームやアニメなど、架空の世界にそれを求めるかもしれない。それでも足りない場合、自ら穴を掘って困難を生み出すことも考えられる。悩みや問題というのは、登る山を奪われた現代人にとって、退屈しのぎの娯楽の一種なのだ。

138.ずっと満腹でいるのは意外と苦しい

重要なことには、たいていパラドクス、逆説が隠れている。例えば、空腹を知らなければ満腹の幸せは分からない。ずっと満腹でい続けるのは意外と苦しいものだ。幸福感を感じるのは、空腹から満腹へと至る過程である。その場に家族や友達がいれば、喜びはなお大きいだろう。安全、便利、快適についても同様だ。不安、不便、不快を知らない限り、それらを価値とは感じない。例えば、障害をもって生まれた子どもを想像してみて欲しい。彼らは不幸だろうか。障害というのはかなり克服しがいのある困難だ。誰かと協力しなくては乗り越えることができない。埋めるべきマイナスが多い分、退屈さとは無縁の人生を送ることになるだろう。本当に不幸なのは、満たされていることに気がつかず、時間を持て余しながら生きる人生の方だ。

139.マイナスがあるから人生は楽しい

FB制御のシステムを思い出して欲しい。マイナスをプラスに変える過程とは、つまり現状と目標の誤差を埋めることを指している。現在地と山頂との誤差を埋めるのが山登りの楽しみであり、預貯金と目標額の差額を埋めるのが貯金の楽しみだ。仲間と一緒に空腹感を満腹感に変えるのが食事の楽しみであり、助けを借りながら無力さを克服するのが成長の楽しみである。いつでもすぐに簡単に、手軽にマイナスを埋められる技術は、便利さと引き換えに充実感を奪ってしまう。苦労や面倒を過度に避けるのは危険だ。一人暮らしをしない限り、親や家族のありがたみは分からないし、味の好みと関係なく、空腹感は最高のスパイスになる。満たされることに越したことはない。しかし、満たされないからと言って騒ぎ立てたりする必要はない。それを埋めるため、手の届く範囲で自分にできることをすれば良いのだ。過程に目を向けている限り、外的要因や結果に固執することもなくなる。ゲームを楽しむときのように、心身はリラックスし、目標に至る過程を楽しめるだろう。

第四章:ND-20 自分の未来に対する信頼感

2019年1月22日

Follow me!