第一章:ND-01 “分かっているのにできない問題”

偽できない理論

これはチェンジ理論の記事です

より番号が若い記事の続きとなります。分からない方はこちらをお読み下さい。

偽できない理論(ND)目次

2019年1月2日

001.”分かっているのにできない問題”

人の悩みには様々なものがある。

例えば、仕事や家庭、お金、人間関係などが代表的なものだろう。それぞれの分野の専門家が問題の解決策を提案する。これが相談という行為の一般的なイメージだ。

それで解決するなら問題はない。

しかし、実際は解決に至らない場合の方が多い。本当の問題は、なぜクライアントは提案された解決策を受け入れないのか、だ。

これは臨床心理に限った話ではない。育児や教育、マネジメント、人材開発など。指導や教育の現場では、必ずこの手の問題がつきまとう。

分かっているのに行動しない、そうしようと思えない。指導や教育が行き詰まるのはたいていこの壁にぶつかったときだ。

偽できない理論は、具体的な解決策を提示するものではない。その壁を最小限の労力で乗り越えるための考え方である。

002.どんな悩みも三つの要素に分解する

行動しない、挑戦しない人の訴えには共通点がある。できないという表現を多用する点だ。

何ができないのか、それは悩みの数だけあるだろう。しかし、理想とする行動や社会的な判断の後ろに、できないがつく点は変わらない。

もちろん、そのできないは偽物だ。

アクティベーションの手順は、偽のできないを突き止めることから始まる。悩みの分野に囚われる必要はない。どんな悩みも一つのパターンに還元することがポイントである。まずは問題や悩みを、原因、感情、判断の三つに分類してみよう。

それらは因果関係で結ばれているはずだ。原因のせいで感情が生じる、だから社会的な判断や行動ができない、となる。

例えば、学歴がなくて自信がない、だから就職活動ができない。いじめのせいで人間不信になった。だから友達ができない、など。

悩みや訴えの内容ではなく、それらの構成要素を三つに分類してみて欲しい。

003.三要素は因果関係で結ばれている

本人が三要素を整理して話してくれるとは限らない。むしろ、そんなことは稀である。

たいていは三要素が区別なく語られるはずだ。ときには要素が揃わないこともあるだろう。

多いのは判断が消されるパターンだ。例えば、妻が怒りっぽくてゲンナリする。隣人の騒音が気になって仕方ないなど、原因と感情しか語ってくれないことが多々ある。その場合、こう尋ねてみよう。それのせいで何ができないのか、と。

たくさん出てくるはずだ。つまり、何ができないのか、本人も整理がつかないということである。

反対に、原因が語られないこともあるだろう。例えば、不安で外出できない、今期の目標は達成できない、など。その場合、行動を阻んでいる障害を確認すればよい。もしくは、感情を引き起こしている犯人を確認する。

質問のフレーズはどんなものでも構わない。三つの要素が因果関係で結ばれている点を踏まえればその都度、適切な質問が浮かんでくるだろう。

004.偽できないを見抜く三つのポイント

おそらく原因には、コントロール不可能なものが据えられているはずだ。具体的には、他人、過去、環境などの外的要因である。

いずれも自分の裁量で動かすことはできない。当然、それによって起きる感情もどうしようもないものと認識される。

例えば、恐怖心や不安感、罪悪感、劣等感、無力感などだ。確かにこれらの感情を払拭するのは簡単ではないだろう。その結果、仕事や夫婦関係、社会生活で、やるべきことができない、となる。

確認するべきポイントは三つある。

まずは、原因が動かせないものであること。次に、三要素が因果関係で結ばれていること。最後に、やりたくてもできないという意思があることだ。これらの三点を確認できた時点で、偽できないが成立したとみなす。

005.主観的な分析は見逃しが起きやすい

偽できないか否か、簡易的に判断する方法もある。例外の有無を確認すれはよい。

例えば、学歴がなくても自信満々の人はいるし、いじめの被害者であっても友達が多い人もいる。三要素の因果関係が絶対的なものでない場合、偽できないの可能性が高い。

慣れてくれば、わざわざ確認しなくても、その真偽は直感的に分かるはずだ。しかし、まずは手順を踏んで欲しい。その目的は、主観的な判断を避けるためである。真のできないを偽物と断定するのはまずいし、偽できないを真のできないと取り違えることも避けなくてはならない。

あえて極端な例で言えば、こういうものだ。

家族全員を事故で亡くした、前向きになれるはずがない。もう生きてはいけない。この訴えに同情し、偽できないを見逃す人は少なくないだろう。

同情に値する状況なのは確かである。だからと言ってその判断を見逃してよい わけでもない。

何より問題は、見逃すか否かの判断が個人的な価値観や経験則に委ねられることだ。判断を鈍らせるセンシティブな原因はいくらでもあるだろう。

例えば、病気や障害がその代表例である。倫理的な面から判断の目が眩みやすいことは、後ほど詳しく説明しよう。まずは冷静で客観的な目による判断が必要であることを理解しておいて欲しい。

006.言葉の意味に反応してはいけない

偽できないを訴える人は、どうしたら良いか尋ねることが多い。しかし、その言葉の真意は質問ではない。試しにアドバイスしてみれば分かるだろう。おそらくハイでも、と言ってそうできない原因を教えてくれるはずだ。

偽できないの分析で重要なのは、言葉の意味に反応しないことである。

例えば、配偶者と仲良くできないと訴えたとしよう。たいていの人は夫婦円満の秘訣を教えようとする。しかし、それが実行されることはない。なぜならそんなことを聞くために相談したのではないからだ。

もちろん、その自覚があるわけではないため、本人の口から言葉の真意を聞き出すことは難しい。

どうすれば良いか。この質問の真意についても、後に詳しく説明しよう。まずは、意味よりも意図の方が重要であることを踏まえておけば十分だ。

007.偽できないを正すのは本人の仕事

精神的に不健康な人にアドバイスがすんなり通ることはない。そうしたくてもできないというのが彼らの訴えである。直感的に思いつく解決策はすべてハイでも、と言って跳ね除けられるはずだ。

イメージで捉えれば分かりやすい。

彼らは悩みに関する地図を眺めている。現状と解決を結ぶ道のりはいくつかありそうだ。しかし残念ながら、どのルートも原因という障害物で塞がれている。その地図が正しければ、解決に至ることは不可能だ。

しかし、その地図は正しくない。なぜなら、それが想像で描かれた地図だからだ。現地がそうであるとは限らない。実際に現地を経験し、解決というゴールに辿り着いた人からすれば、おかしな話である。

しかし、どんなに他人が力説しても、地図が間違っている可能性を認めることはないだろう。

なぜなら、間違った地図を眺めて過ごす意図があるからだ。アクティベーターの仕事は、その地図が間違っている可能性を示唆すること。加えてクライアントが現地を体験するのを背中押しすることだ。

上記の文章を地図を解釈、現地を事実と置き換えてもう一度、読んでみて欲しい。重要なのは解釈の間違いを正すことではない。事実と向き合うための勇気を回復させることである。

できないという解釈が事実ではないと言葉にするのは、あくまでも本人の仕事なのだ。

008.そう振る舞うに相応しい事情を知る

偽できないを無理やり崩すことは、北風と太陽の童話における、北風の戦略に当たる。強制的な指導が変化につながることはないだろう。あったとしても、それは長続きしないはずだ。

アクティベーターに求められるのは太陽の戦略である。つまり、クライエントが自ら偽できないを止めたくなるように関わるということだ。彼らがどんな心境にあるかを知らずに太陽の戦略を実行することはできない。

まずは問題や悩みについて、そう振る舞うに相応しい事情を理解するのが先決だ。

例えば、生まれも育ちもすべてクライアントと完全一致の人生だったと考えよう。その場合、高い確率であなたもそう振る舞うはずだ。

もちろん、それを検証する手立てはない。しかしこれから見ていくように、問題や悩みは固定されたシステムから生じている。パソコンがそうであるように、固定的なシステムのアウトプットに例外はない。すべての入力が完全に同じであれば、偽できないという出力も同じになるはずだ。

そこに例外があるように感じるのは、表面的な問題や症状だけを見ているからだろう。

チェンジ理論は、あらゆる悩みを一般化し、一つのシステムに還元するための考え方である。その普遍性を理解すれば、どんな悩みにも解決策は一つしかないことが分かるだろう。

偽できないを分析するのはクライアントを責め立てるためではない。彼らを理解するためだ。まずは訴えを聞いて、原因、感情、判断の三要素を区別できる感覚を養って欲しい。

第一章:ND-02 主観的な正しさは当てにならない

2019年1月4日

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