第一章:MK-01 人ほど変わった生態の生物はいない

チェンジ理論コラム

これはチェンジ理論の記事です

より番号が若い記事の続きとなります。分からない方はこちらをお読み下さい。

マーキング理論(MK)目次

2019年3月18日

001.無意識とは結局いったい何なのか?

人の心理や精神的な健康について考えるのに、無意識という概念は欠かせない。そもそも無意識というのは何なのだろうか。その名の通り、意識できない反応のことだ。例えば、甘いものを見ると唾液が分泌されたり、高いところに登ると足が震えたりする。いずれも環境からの刺激に対する無意識的な反応だ。これらの反応はそれぞれ特定の行動を動機づける。例えば、甘いものを手に取ったり、高いところから離れるかもしれない。前者は生存の機会を高めるためのもので、後者は身の危険を回避するためのものだ。無意識の反応は、そのつもりがなくても生存と繁殖に貢献する行為を引き出している。

002.確かめられないものにこだわらない

例えば、汗をかいたり、身震いするのは体温を調節するのに役立っているし、孤独感や罪悪感は人づきあいの姿勢を改めさせてくれる。それらの調整は生死に関わるものだ。意識で制御されては困るほど重要な機能だからこそ無意識化されている。それ以上、あれこれ考える必要はないだろう。例えば、スピリチュアルな概念で無意識を説明できる可能性はあるが、それが正しいかどうかを確かめる術がない。それが幸せな人生を送るのに役立つ解釈なら、そうすればよいだけだ。正しさを巡って議論した結果、幸せや充実を損なっているなら、それは役に立っていないということである。幸せになりたければ、正しさより有用性を尊重した方が賢明だ。

003.より確からしいことをもとに考える

人が思いつく因果関係というのは信用に値しない。私たちが知覚できる範囲に正解があると考えるのも都合のよい話である。宗教やスピリチュアルを否定するわけではない。例えば、前世や来世があるかどうかは分からないが、それらを信仰することで得られる効果はあるだろう。厳密に言えば、確かなことは一つもない。それは科学的なことも例外ではなく、確からしいことがあるだけだ。例えば、進化生物学は、化石や遺伝子から生物に関する確かなことを突き止める学問だ。実体のあるものから仮説を導き出している分、スピリチュアルよりも確からしいと言ってよいだろう。マーキング理論は進化生物学を基により役に立つ無意識の解釈を提供するものだ。人という生物の生態を踏まえれば、無意識の実態を知るのもさほと難しくはない。

004.人ほど変わった生態の生物はいない

私たちはホモ・サピエンスという名の生物である。人は生物の生態を変わったものと面白がるが、人ほど変わった生態を持つ生物はいない。他の生物から見れば、人がやっているのは不自然なことばかりだ。例えば、どんな生物もわざわざ生存と繁殖の機会を損ねる行動を自ら取ることはない。しかし、人はバンジージャンプやスカイダイビングを楽しんだり、断食したり、ときには性転換手術を受けたりする。やたらと仲間を殺したがるのも人のおかしなところだ。中でも理解しがたいのは自殺することだろう。人の生態は明らかに異質だ。しかし、先に挙げた異質な行為は、いずれもある指標をクリアするのに役立っている。それらはたしかに生存と繁殖という至上命令に貢献する指標だ。人はそれら本来のしくみを誤用しているに過ぎない。

005.人の生存は集団所属に掛かっている

人という生物の生態を理解する鍵は、集団所属と等価交換の義務にある。これらは生存の必要条件であり、現代人は例外なくそうできた個体の子孫だ。他人と協力して価値を生産し、成果を分け合ったり、交換しているうちは安心感が得られるだろう。それができていない場合は、孤独感や罪悪感という警告を受け取っているはずだ。それらの感覚や感情は、社会的な判断を引き出すための無意識的な反応である。職場や家庭、社会に属しながら、特別な役割を与えられていない人を想像して欲しい。彼は仲間といても孤独感を感じているし、タダ乗りしている分、罪悪感に苛んでいるはずだ。それらは他人から注目されていないという感覚をもたらす。

006.不快な感情は歓迎に値するもの

他人の目を恐れながら他人の注目を欲しがる。人という生物の生態は、初めから矛盾しているということだ。それを解消する方法は二つしかない。一つは有用な役割を確立し、生産的で社会的な注目を集めること。もう一つが無用な役割を演じ、消費的で個人的な注目を集めることである。孤独感や罪悪感、劣等感、無力感、これらは決して異常な反応ではない。新しい役割を確立するための意欲を引き出すものであり、むしろ歓迎に値するものだ。私たちが毛嫌いする不快な感情や感覚は、集団所属や等価交換につながる行動を動機づけてくれる。しかし、安全、便利、快適に慣れきった私たちは、不快さに耐える力を養っていない。便利な消費財を使い、すぐにでも不快感を解消したがるだろう。

007.”成功者と精神疾患者の分かれ目”

人生の楽しさや充実感は、孤独感や劣等感を人間的な成長によって埋め合わせる過程にある。成功者というのは、それらの不快さをうまくモチベーションに転換しているはずだ。特別な役割を確立し、生産的で社会的な注目を集めていることだろう。反対に精神的に不健康な人というのは、不快さを原動力として認識できていない。人間的成長の義務を拒否し、不快さの原因を批判して過ごしているはずだ。彼らの振る舞いは個人的で誰の役にも立たない。無用な役割を演じ、利害関係者の注目を集めていることだろう。孤独感や罪悪感、劣等感、無力感などの不快な感情をいっさい感じない人はいない。それによって引き出された振る舞いが社会的なものか個人的なものか、その違いがあるだけだ。

008.不快さを飼いならす練習は十分か?

集団に所属し、ある役割で優位に立ち、他人や社会から注目を得ていること。その状態から外れることは精神的な危機であり、同時に人間性と社会性を成長させる機会でもある。不快な感情は、充実した人生をつくるための必要悪と言ってよい。不快さを飼い慣らすか、不快さに振り回されるか、それが人生の分かれ目である。例えば、親猫が子猫に狩りを教えるように、人の親も不快さの飼いならし方を子どもに指導しなくてはならない。その練習が足りないまま社会に出てしまった人を再教育するのが、アクティベーターの仕事だ。他人や社会との関係性が生存を左右している点が、人の無意識を理解するポイントになるだろう。まずは生命の起源や生物の進化を振り返り、生物を動機づける仕組みについて理解することが本章の目的である。

第一章:MK-02 生物進化の絶対ルール”適者生存”

2019年3月19日

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