知らないと100%嫌われる!男女のセックス観がこうも違う生物学的事情

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男性と女性は性差のある同じ生きもの

男性と女性でセックスに対する価値観がこうも違うのは、一体どうしてなのでしょう?

男と女は違う生き物だから?

いいえ、同じ生き物であり、違いはあくまでも性差によるものです。今回は男性と女性の性差について、進化生物学的に考えてみます。

男性と女性の性差について語るとき、中心になるのはたいてい性ホルモンの話題です。

アンドロゲンやエストロゲンのような性ホルモンが男女の性差や性機能の違いをつくり出している。そのことは疑う余地はないでしょう。

しかしそれは、性差が生じるプロセスの説明であり、そもそもなぜ違いがあるのか、性差そのものについて説明するものではありません。

こういったことを考えるには、生理学や神経学ではなく生物学の視点が必要となります。

まず重要な前提から共有しましょう。

人の脳は石器時代から変わっていない

結論から言えば、人の身体構造というのは数万年もの間、基本的に進化していません。

身体構造とはもちろん脳を含みます。脳の構造が変わっていないということは、感情や感覚、情動のような神経活動も変わりません。

身体も精神も、石器時代を生き抜くのに適応したまま変わっていないということです。

適応というのは、生きて子孫を残すため役に立つ、という意味だと思って下さい。

例えば、ご飯の大盛りや甘いもの、脂っこいものを我慢できないのは現代に生きる私たちにとってやっかいな問題と言えるでしょう。

食べたくなるのが適応的、とは思えません。

しかし、いつ食べ物が手に入るか分からない石器時代の祖先にとって、それは生きて子孫を残すうえで適応的な機能だったはずです。

男女のセックス観についても同様、適応的だったからこそ、今も遺伝されているのです。

例えば、男性がセックスにガツガツしていることも、その一方で女性が恥じらいを見せることも、どちらも適応的な機能と言えます。

では、男性と女性のセックス観が異なる生物学的な事情について見ていきましょう。

男女の配偶子の生産量はケタが違う!

まず性差を引き起こしている生物学的な事実は二つしかありません。一つが異形配偶、もう一つが受精卵が母胎内で育つこと、です。

異形配偶とは、男性の配偶子(精子)と女性の配偶子(卵子)の形が異なるという意味です。

哺乳類のような有性生殖の生物は、配偶子の大きな性を雌、小さい性が雄と言います。

大きさは配偶子の生産数にも影響します。

精子の生産数は一日あたり数億個、それに対して卵子は月に一個しか生産できません。一生で生産できる配偶子の数は男性が二兆個、対する女性が400個と文字通りケタが違います。

一個あたりの生産コストで見れば、卵子は希少品、一方の精子は安物、ということです。

生産コストも時間的コストもケタ違い

生産コストだけではありません。受精卵が母胎内で育つということは、繁殖に必要な時間的コストも、男性と女性でかなり違います。

女性は最低10ヶ月、授乳期間の妊娠は難しいため数年は取られるでしょう。それに対し、男性に必要な時間はわずが数分程度です。

生産コストも時間的コストもケタ違い!

一個ずつ配偶子を出しあう点は同じですが、一回の生殖に掛かるコストがまるで違います。

コストが違えば、生殖に対するスタンスも変わります。性の戦略が根本的に違うのです。

それぞれが固有の性戦略を発揮できるよう適応し、何万年もの間、遺伝されている機能の一つが性ホルモン、ということになります。

男女のセックス観の違いは個人の価値観よりもはるか以前の問題であり、数万年単位で蓄積された適応と淘汰の結果というわけです。

どうして男性はガツガツしているのか

男性と女性の繁殖コストの違いは、そのまま持てる子どもの数の最大値にも表れます。

男性の場合、10歳から死ぬまで精子をつくることができるため、相手さえいれば、理論上いくらでも子どもを持つことが可能です。

実際のところ、モロッコ最後の皇帝、ムーレイ・イスマイルが、最低でも1042人の子どもをもうけたという記録が残っています。

一方、女性の場合は閉経があり妊娠できる期間は限られます。時間的コストがかかる分、持てる子どもの最大値は大きくありません。

女性で記録に残っているのは69人、もちろん十分な数ですが、男性との差を見て下さい。

69:1042

重要なのは、持てる子どもの数の振り幅です。

女性が持てる子どもの数は0から69という比較的小さな幅に収まりますが、一方の男性は0から1042と、値のバラツキが激しいのです。

実際、ムーレイ・イスマイルが1042人もの子どもをもうけた陰で、一人も子どもを持てなかった男性はかなりの数がいるはずです。

一夫多妻の文化が多く見られるのに、一妻多夫の文化がないのは性差のせいでしょう。

男性の性は一点集中しやすく、分かりやすく言えば勝ち組と負け組の差が激しくなります。

だから男性はセックスに対し積極的になるわけです。女性と比べて男性が暴力的である理由も、この競争の激しさに起因しています。

どうして女性は恥じらいを見せるのか

一方の女性は性に消極的になります。男性が少ないコストで量を重視するのに対し、女性はコストが大きい分、質を重視するからです。

一回の生殖にかかるコストが膨大なため、より優秀な配偶子を求め、長く時間を掛けて選別するのは当然の戦略と言えるでしょう。

いざそのときになっても、それでも恥じらいという形で判断の慎重さが表現されます。

そのことを理解できない男性はことを焦って女性に嫌われます。0になりたくない男性が力づくでも生殖しようとする意思が、結果的に強姦のような性犯罪に繋がるということです。

女性の判断基準が性的な魅力よりも、投資できる資源の量を重視するのも当たり前です。

女性にとって配偶子の持ち主がお金持ちかどうか、それはかなり重要な指標になります。

妊娠、授乳期間というのは自分自身の衣食住を確保することも簡単ではありません。性的に魅力ある配偶子の持ち主を捕まえても、資源がなければ、母子ともに死ぬことになります。

貧乏な男性の妻になるよりも、より慎重を期して裕福な男性のハーレムに入った方が、性の戦略的に安心できることもあるでしょう。

彼女は僕に気があるのかもしれない病

一般的に自分に対する性的評価を男性は過大評価し、女性は過少評価する傾向があります。

男性は、彼女は僕に気があるのかもしれない、と思いやすく、女性は、彼は私に気がないのかもしれない、と思いやすいということです。

実際はどうであれ、そうだと思い込むことは行動を促進したり、抑制したりします。

男性の場合は、より女性に近づこうとし、女性の場合、男性を遠ざけようとするでしょう。

これらの自然な反応も、生産コストと時間的コストの差で説明することができます。

相手にその気がないのに気があると思うこと、相手がその気なのに気がないと思うこと。

相手に気があるかどうかは分かりません。それが読めない以上、どちらも想定し、その利益と損害を(無意識に)計算することになります。

まず男性の場合から見ていきましょう。

男性が、相手にその気がないのに気があると思って関係を迫った場合、当然嫌われます。

一方、相手がその気なのに気がないと思って遠ざけた場合、奪いあって競争するほど男性にとって貴重な配偶のチャンスを失います。

男性の配偶は一回のセックスで済むのです。

そのチャンスを失うことは性戦略上かなりの痛手と言えるでしょう。それは一人に嫌われて遠ざけられるよりはるかに大きな損害です。

より損害が大きい方、気がないと思う形質は次第に淘汰され、結果的に遺伝されたのが、なぜか気があると思い込んでしまう形質です。

彼は私に気がないのかもしれない病

今度は女性の場合を見ていきましょう。

女性が、相手にその気がないのに気があると思った場合、妊娠、出産しても資源を得られず、結果的に捨てられるリスクが高まります。

女性の配偶に必要なコストは膨大です。

一度の見誤りで数年間に渡り、配偶のチャンスも資源を得るチャンスも失うののです。絶対に避けるべき損害と言ってもよいでしょう。

一方、相手がその気なのに気がないと思って遠ざけたとしても、男性の場合と違って配偶の競争率はそれほど高いわけではありません。

仮に今回見送ったとしても、またいずれチャンスが巡ってくる、男性の場合と比べて、その可能性が高いことは間違いないでしょう。

より損害が大きい方、気があると思う形質は次第に淘汰され、結果的に遺伝されたのが、相手に気がないと思い込んでしまう形質です。

これらのことから言えるのは、

男性の場合、女性に気があると感じても、それは鵜呑みにしないほうがよいでしょう。

数万年もの間、蓄積された性差によってアンドロゲンが分泌され、ことを急ぐようあなたに勘違いさせている可能性が高いからです。

反対に女性は、男性に気がないと思っても、やはり鵜呑みにしないほうがよいでしょう。

エストロゲンが性戦略のリスクを避けるよう、あなたに勘違いさせているかもしれません。

納得するのではなく折り合いをつける

以上のことは、あくまでも人という生物のユニバーサルデザインに基づく考え方です。

実際は個人差もあれば、そのときどきの感情の揺れも影響します。男女の性をステレオタイプに分類するためのものではありません。

しかし、人が有性生殖の生物である以上、個人の価値観と関係なく、大まかな傾向がデフォルト設定されていることも否定できません。

私たちが目指すのは生きて子孫を残すこと。配偶子を通じて遺伝子を複製することが至上命令である。これが進化生物学の前提です。

男性も女性も、生物学的な事情によって心理的な影響を受けていることは確かでしょう。

男性はセックスの費用対効果が高いため、手当たり次第、女性を口説きたくなります。女性は優秀な配偶子の選択肢を広げながら、不誠実な男性をふるいに掛けて慎重に選別します。

お互い異なる戦略で拮抗しているのです。

争いとして表面化するのも当然でしょう。それても歩みよって協力しあわない限り、恋愛も結婚も、セックスも子育ても成り立ちません。

まずは生物学的な違いを理解すること。

その上で異性の価値観に納得、共感しなければいけないという勘違いを捨てることです。

理解とはあくまで理りをひも解くことであり、それ以上を求めるものではありません。

異性の価値観を理解した上でたとえ納得、共感できなくても、そう思うにふさわしい生物学的事情がある、と折り合いをつけるのです。

お互い異質な価値観を理解しあうことができれば、難しい異性関係もうまくいくでしょう。

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