あなたの知らない向精神薬の黒歴史、飲むなら人生を賭けろ!危険薬三種類

精神医療が黒すぎる
自己判断の減薬・断薬は危険です!

向精神薬を自己判断で減薬・断薬することは危険です。減薬・断薬専門のクリニックで医師の指導を受けてください。

抗精神病薬は薬か毒か?統合失調症治療の歴史から見えたマッチポンプ医療

2019年6月17日

不安は病気なのか?抗不安薬ベンゾジアゼピンの歴史に学ぶ幸福の人生哲学

2019年6月22日

うつ病は治療するから治らない?精神科医がひた隠しにする抗うつ薬の事実

2019年6月26日

閲覧する前に必ず確認して下さい

情報の正確性について

可能な限り正確な情報を掲載するよう努めましたが、必ずしも真実を保証する、完璧な情報ではないことをご承知の上でお読みください。

損害等の責任について

本記事の内容によって生じた物理的な損害、精神的な損害等の一切の責任は負いかねます。

向精神薬の服用について

抗精神病薬、抗不安薬、抗うつ薬の服用や減薬、断薬に関する判断は、医師薬剤師、専門家の指導の下、自己責任でお願い致します。

知ると途端に怖くなる向精神薬の本名

精神科治療薬の持つ凶悪な作用が一般に浸透しないのは、おそらくその名称のせいだろう。

まず抗精神病薬、これは統合失調症患者の幻覚や幻聴、過活動を抑制する目的で投与される薬だが、もともとの名称は神経遮断薬である。

次に抗不安薬、これは不安を鎮める、鎮静効果をもたらす薬として日本でもよく処方されているが、もともとの名称は筋弛緩剤である。

そして抗うつ薬、これは抑うつに作用する薬としてうつ病治療でよく処方される薬だが、もともとの名称は賦活薬である。賦活とは活発化の意味であり、英語のactivationに相当する。

activationとは、SSRI(最新の抗うつ薬)の危険な副作用、賦活症状の原語で、自殺念慮など危険行為を誘発するリスクはよく知られている。

それぞれの薬がどのような経緯で開発され、いかにして凶悪な化学作用が安全で効果のある薬剤というイメージにすり替わったのか、開発から販売、大衆化の歴史を追いかけてみたい。

抗精神病薬=クスリ版ロボトミー手術

1946年、フランスの製薬企業、ローヌ・プーランの研究者がプロメタジンという薬の成分に抗ヒスタミン作用があることを発見する。

1949年、フランス海軍の外科医、アンリ・ラボリがプロメタジンを患者に投与した際、抗ヒスタミン作用に加え鎮静効果があることを発見する。「患者はおとなしくなってうとうととし、緊張の緩んだ、周囲への関心がなくなったような表情を浮かべている」と述べている。

プロメタジンはバルビツレートやモルヒネなど麻酔薬の代わりに用いられた。「プロメタジンは特定の脳機能を遮断することができるため、患者は苦痛も不安も感じておらず手術のことすら覚えていないことが多い」と記している。

ローヌ・プーランの研究者はプロメタジンを発展させ、クロルプロマジンという新薬を開発する。「ラットの意識を保ったまま運動機能と感情反応を遮断することができた」という。

1951年、ラボリはクロルプロマジンを加えた麻酔薬を実際に使用し「患者はもうろう状態になった」と記している。ほかの医師は「投薬が人工冬眠を誘発した」という旨を記している。

1951年、ラボリは麻酔学会でクロルプロマジンの効果を発表し、その効果性について「薬物によるロボトミー手術」と表現している。

(ロボトミー手術の開発者、モニスがノーベル賞を受賞したのはその二年前、史上最悪のノーベル賞、と呼ばれるのはまだ先のことである)

1952年、フランスの精神科医、ジャン・ドレーとピエール・ドニガーがクロルプロマジンの処方開始、ヨーロッパ中で処方される。「患者が静かになり管理しやすくなった」という。

ドレーとド二ガーは、クロルプロマジンによって精神症候群を報告している。報告は「意識や知的能力に変化はないが、無関心、刺激に対する反応の遅れ、感情や情緒の平板化、主体性の減退などがみられる」と記されている。

ドレーとモニガーは、神経系を抑止するという意味で、クロルプロマジンを神経遮断薬と呼んでいた。クロルプロマジンはアメリカでメジャートランキライザー(強力な精神安定剤)と呼ばれ、ソラジンの商品名で発売が開始される。

1955年、E・H・パーソンズは、フィラデルフィアで開催されたクロルプロマジンに関する学会で「この薬で疾患を治療しているわけではないことを銘記すべきである」と述べている。

入院している統合失調症患者は神経遮断薬の服用を嫌い、舌の裏に隠して服用を逃れる者も多多かった。1960年代、製薬企業のスミスクラインフレンチは神経遮断薬を確実に服用させるため、液体タイプのソラジンを発売している。

クロルプロマジン(神経遮断薬)の長期的な効果についてカリフォルニア大学、モーリス・ラパポートはこう語る。入院中に投薬を受けなかった患者の方が、入院中にクロルプロマジンを投与された患者と比べて大きな長期的改善を示し、追跡調査時の症状も少なく、再入院率が低く、地域社会での全般的機能も良好だった。


幻覚や過活動、興奮を鎮静化するため、要はおとなしくさせるための薬ということである。

まさにクスリ版ロボトミー手術、それにも関わらずいまだ服用者がいることが驚きである。

雑誌精神医学、1991年の論文「抗精神病薬の副作用として生じる分裂病的精神症状について」に抗精神病薬の投与量を大幅に減量すると急速に幻覚や妄想が消失したとある。論文ではparadox反応、akathisiaと表現されていた。

幻覚を失くす薬を減らしたら幻覚が消えた…これは確かにパラドキシカルな治療法である。

米国立精神衛生研究所は、統合失調症の治療で神経遮断薬の服用量と寛解後の再発率の高さに有意な相関関係があることを報告している。

一度でも飲んだらやめられないということだ。

クロルプロマジンは今の日本でもコントミンやウインタミンの商品名で処方されているが、致命的な副作用もあり、劇薬に指定されている。

多剤投与による薬物中毒死は少なくない。その場合、たいていは神経遮断薬が絡んでいる。

東京都内における死因不明の遺体を解剖する東京都監察医務院のデータによると、2008年度で薬物が検出された検体が1,333件、うちアルコールや覚せい剤を抑えてもっとも多いのが医薬品の612件、そのほぼすべてが精神科治療薬であり、多くが神経遮断薬(塩酸プロメタジン88件・塩酸クロルプロマジン69件)だった。

抗不安薬=麻痺しない程度の筋弛緩剤

1940年代、ブリティッシュ・ドラッグハウスの研究員、フランク・バーガーは業務用殺菌剤の成分、メフェネシンに弛緩麻痺効果があることを発見する。骨格筋が麻痺しても心拍など自律機能が害されないことから、少量の使用で抗不安や鎮静の効果をもたらす可能性を見出す

1947年、フランク・バーガーは渡米、ウォレス研究所で持続時間がメフェネシンの8倍あるメプロバメートを合成することに成功、バーガーは「メプロバメートを投与された猿は凶暴さが消えて、大人しくなった」と記している。

クロルプロマジンがメジャートランキライザーと呼ばれたのに対し、メプロバメートはマイナートランキライザー(弱い精神安定剤)と呼ばれた。1955年、ウォレス研究所はメプロバメートをミルタウンの商品名で発売を開始する。

攻撃性緩和、痛み鈍化などメプロバメートと同様の作用があるものとして化学者のレオ・スターンバックがクロルジアゼポキシドの鎮静効果に着目する。「トラやライオンがまるで子猫のようになった」と記されている。クロルジアゼポキシドは1960年、ホフマン・ラ・ロシュからリブリウムの商品名で発売が開始される。

サイエンスニューレターは、マイナートランキライザーの効果について「あなたをめがけて疾走してくる車を見て恐怖を感じるだろうが、走って逃げることはできない」と記している。


筋弛緩剤と言えば、まだ聞こえはよいが、要するに軽く麻痺させる薬ということである。

その結果、不安が軽減するというのは、気絶すれば痛みが消えるという理屈と変わらない

マイナートランキライザーは1960年代、日本でもヒット、メプロバメートはアトラキシンの商品名で発売される。ノイローゼや不眠症、肩こりに効くとされ、以下のように宣伝された

アトラキシン(メプロバメート)

  • 文化人病・都会人病の新しい薬
  • 日曜日を買う薬
  • 奥様は多忙
  • 赤ちゃんの夜泣きに

1960年代と言えば、高度成長期、いざなぎ景気が始まる直前である。きっと麻痺でもしない限り休めないぐらい、忙しかったのだろう。

クロルジアゼポキシドはコントールやバランスという商品名でこちらも大ヒット、それぞれ以下のようなキャッチコピーで宣伝された。

バランス(クロルジアゼポキシド)

  • ノイローゼ 不眠に!
  • バリバリ 仕事!

コントール(クロルジアゼポキシド)

  • 気を楽にするクスリ
  • 気苦労の多い奥さま!

当時はまだ市販薬の規制が緩い時代、密造医薬品の乱売もあったという。1967年の厚生省通達によって医薬品の承認審査が導入されるまで、これらも街中の薬局で販売されていた

抗うつ薬=副作用でハイになる自殺

1951年、ホフマン・ラ・ロシュの研究者は結核菌の治療薬としてイソニアジドとイプロニアジトを合成「患者に活力を与える」という報告から抑うつの治療薬として試験が開始される。

初期の試験において、イプロニアジドは特に気分明るくする効果は見られず、躁病を誘発する可能性があるという報告もあったとされる。

イプロニアジドを処方された結核患者は、めまい、便秘、排尿困難、神経炎、異常な皮膚感覚、錯乱、精神異常など、様々な副作用に悩まされたため、投与は制限されるようになった。

ネイサン・クラインは五週間以上の投与で効果があることを報告、「イプロニアジトを投与した患者16人中14人が症状改善した」という。

1957年、ニューヨークタイムズはイプロニアジトについて「抗結核薬の副作用が手の施しようのない重篤なうつ病患者のための化学療法の道を拓いたのかもしれない」と書いている。

抗うつ効果が未解明なままである点についてニューヨークタイムズは「イプロニアジドがどう作用するのか定かではなかったが、何らかの形で脳の機能を加速したようだ」と記している。


セロトニンのような神経伝達物質の流れを調整する薬と認識されているが、正しく言えば、神経伝達物質の流れを撹乱させる薬、である。

イプロニアジドは肝機能障害を引き起こすリスクがあることが分かり、市場から消える。

その後もイミプラミン(三環系抗うつ薬)やフルオキセチン、パロキセチン(SSRI)など、抗うつ薬は現代もうつ病治療で多く使われている。

しかし、なぜ効く(こともある)のか?は分からず終い、都市伝説のごとく語り継がれるセロトニン仮説も1984年、正式に否定されている。

NIMH(米国立精神衛生研究所)は、唯一可能な結論導き出した。セロトニン作動性システムの機能の亢進や低下そのものが、うつ病に関係するとは考えられない。心の病の流行と精神科治療薬の真実(P.111)ロバート・ウィタカー

それでも処方されるのは効くも八卦、効かぬも八卦、精神医療の伝統的治療観からだろう。

パキシル(パロキセチン)の添付文書を確認すると、効かぬ場合の副作用、が書かれている。

(3)不安、焦燥、興奮、パニック発作、不眠、易刺激性、敵意、攻撃性、衝動性、アカシジア/精神運動不穏、軽躁、躁病等があらわれることが報告されている。

若年成人(特に大うつ病性障害患者)において、本剤投与中に自殺行動(自殺既遂・自殺企図)のリスクが高くなる可能性が報告されているため、これらの患者に投与する場合には注意深く観察すること。

例えるなら、当たりがほとんど入っていないロシアンルーレットのような薬ということだ。

いつの間にか危険な薬が奇跡の薬に?

アメリカでクロルプロマジンの販売権を獲得したのがスミスクライン・フレンチ、1954年3月26日、FDAはソラジンの販売を認可、その五日後にスミスクライン・フレンチはテレビ番組、薬のマーチにてソラジンを宣伝している。

1954年のタイム誌、驚異の新薬でソラジンがスーパースターに選ばれる。ニューヨークタイムズはソラジンについて「精神病患者に心の平穏と錯乱からの解放をもたらす奇跡の錠剤」と評価している。新聞や雑誌も「ソラジンは精神医学の新時代」と高い評価を記している。

1955年、ミルタウンが発売される。タイム誌は入院中の精神病患者よりもドラッグストアに来店する神経症患者向けの薬、チェンジング・タイムズは不安や心配がすぐに吹き飛ぶ幸せの錠剤、リーダーズダイジェストは錠剤になった健康サウナ、などいずれも高評価をしている。

コメディアンのミルトン・バールはファーストネームをミルトンからミルタウンに変更してもよい、と語っている。ウォレス研究所はミルタウンの効果を表現するオブジェの製作をサルバドール・ダリに3万5千ドルで依頼している。タイム誌はそのオブジェについて、ミルタウンでNirvana(涅槃・悟り)へ、と表現している。

当時の精神科医は精神障害の原因が心理的葛藤にあるとする精神分析派が主流であり、スミスクライン・フレンチは「クロルプロマジンが精神病を癒すと考えているわけではなく、ただ患者をリラックスさせ治療しやすくさせる点で非常に価値がある」と報道関係者に語っている。

ニューヨークタイムズは「ソラジンやミルタウンについて治療薬ではなく、心理療法の補助的存在と捉えるべきである」と解説している。

1957年、ニューヨークタイムズが「研究者はイプロニアジドに脳代謝のアンバランスを調整する効果があると考えている」と報道する。

1957年、イミプラミンが発売される。1958年、ハロルド・ヒムウィッチはイプロニアジドやイミプラミンについて「糖尿病の症状を克服するインシュリンの出現になぞらえることができる」とサイエンスの論文の中で書いている。

1959年、ニューヨークタイムズはイプロニアジドやイミプラミンを抗うつ薬と書いている。

1960年、ホフマン・ラ・ロシュはリブリウムを発売する。中枢系の鎮静や催眠作用とは別の不安の緩和への最大のステップ、と宣伝されている。ほか「気分を正常化する薬であり、不安、緊張、抑うつ、強迫神経症の兆候による障害のある患者に特攻性のある新しい神経化学的治療を提供する」などと宣伝されている。

1963年、米国立精神衛生研究所(NIMH)は、ソラジンほか神経遮断薬の治験を実施し、プラセボよりも精神症状の緩和に効果が高いという結果を報告、広義の抗統合失調症薬とみなすべきとし、トランキライザー(精神安定剤)という名称の使用について疑問を投げかけている。

神経遮断薬は抗精神病薬に、筋弛緩剤は抗不安薬に、賦活薬は抗うつ薬に変更される。それぞれの症状を治療する薬というイメージが一般に定着するが、それらの生物学的な原因の解明はまったく進んでいなかった。その後は、症状と薬効の関係をもとに、統合失調症やうつ病に関する生物学的原因論の仮説が多数、生まれる。


これら危険な精神治療薬を奇跡の薬にすり替えた犯人は製薬企業の誇大広告、マスコミの誇張報道、患者(消費者)の熱狂、この三者である。

この三者の結託によってもたらされるのが、診断のインフレと危険な治療法の普及である。現在、日本が悩まされている精神障害バブルのきっかけをつくったのもグラスソスミスである。

製薬企業と精神科医が精神疾患をつくり、精神障害者を増やしている、というサイエントロジー(宗教団体)の訴えはある意味、正解である。

製薬企業や精神医療が倫理的でないのは確かだろう。彼らが患者を増やしているのも間違いない。製薬企業は病気を治すため薬を造っているのではなく、薬を売るため病気を創っている。

しかし、悪人や犯人を吊るし上げて召し捕ったり!で解決するような簡単なことでもない。

ことの本質はむしろ患者(消費者)の側にある。

不安や抑うつを、すぐに、手軽に、簡単に治せる薬を欲しがったり、精神医療が何とかしてくれると考えたり、あまりにも無責任が過ぎる。

本来、心身の健康とは自己管理するものだ。薬や医師は患者のメンタルヘルスを気にかけたりしないし、過度な期待を寄せてはいけない。

幻覚や妄想はさておき、不安や抑うつというのは普通に生きていればよくあるものだろう。

本来、それは家族や配偶者、同僚と協力して乗り越えるものであって、医師に話したり、薬で症状を抑えて乗り切るようなものではない。

相談できる相手がいないというのは人間関係の習慣の問題で、医療に転嫁するのはおかしい。

ハッキリと断言するが、幻覚や妄想、不安、抑うつが薬で治ることはない。それは解熱剤を飲んでも風邪が治らないのと同じことである。

いずれも治すのは本人でしかない。例えば、発熱がウイルスを死滅させる、つまり本当の問題を解決するための機能であるのと同様、幻覚や妄想、不安、抑うつにも本当の問題への対処法として、機能的な側面がかならずあるはずだ。

精神科治療薬=患者を飼いならす手段

この後、モノアミン仮説やドパミン仮説、カテコールアミン仮説など、神経伝達物質のアンバランスに原因があるとする仮説が生まれるが、証明されるどころか、的外れな仮説だっと認めざる得ない結果が次々見つかることになる。

抗精神病薬、抗不安薬、抗うつ薬、それぞれ治療効果を示唆するような立派な名前がつけられているが、それは薬に治療効果があると信じられていた、ごく初期につけられたものである。

抗精神病薬に精神病を治す力はない。ただドパミン作動経路を遮断する薬であり、短期的に妄想や興奮を抑制する効果はあっても、長期的に脳病変を引き起こす可能性のある毒である。

抗不安薬は不安を消す薬ではない。ただGABAによる神経伝達抑制を強める薬であり、短期的に不安が消えても、長期服用すれば、不可逆的な依存症状を起こす可能性のある毒である。

抗うつ薬は抑うつを治す薬ではない。ただセロトニン伝達を撹乱する薬であり、偶然、元気になることもあるが、自傷他害を誘発したり、抑うつの再発率を高める可能性のある毒である。

これらは一度飲んだらなかなかやめられない。

症状を癒すわけでもない、原因を治すわけでもない、ただ迷惑な症状が出ないように抑えつける、という痛み止め的な効果しかないものが、いまだ第一線の臨床で使われているわけだ。

わずかな痛み止めと引き換えに脳病変や薬物依存、自傷他害、慢性化など人生を賭したリスクを背負うことを説明してくれる医師は少ない。

2010年、医薬品の世界市場の規模は9,000億ドルだった。がんの治療薬を除外すれば、もっとも売れたのは抗うつ薬、精神安定剤など中枢神経に作用する向精神薬(500億ドル)である。

神経遮断薬、筋弛緩剤、賦活薬、これらの隆盛と衰退のパターンは共通項がある。偶然、発見された成分が適当な研究によって効果があると喧伝され、マスコミが騒ぎ、大衆が熱狂する。

それらしい仮説が発表されるが、次第に薬の効果に対する疑問が湧き始め、数年も経てば、効果がないことが分かる。その頃になって致命的な副作用や長期服用による不可逆的な損傷のリスクが明らかとなり、やっと政府が規制する。

しかし、それではもう遅いのだ。危険薬によって人生を台無しにされた人達は救われない。

安全無害な薬、と喧伝したことを後になって撤回できるはずもなく、他にできることもないため、医師から薬を取り上げることもできない。

1994年、ボローニャ大学の精神科医、ジョバンニ・ファバはこう述べている。「これまで精神薬理学の分野で、医師は向精神薬治療が有用である以上に害をもたらしているのではないかという議論を始めることに、怯えていないにせよ慎重であった。少なくとも一部の症例では、向精神薬が、治療するはずの病気の経過をむしろ悪化させている可能性について、議論し研究を始めるべき時が来たのではないだろうか」

こういった勇気ある発言をする医師は少ない。とくに日本の医師の場合はまれである。向精神薬の薬害について、大きな声で公言している精神科医は片手で数えることができるだろう。

精神医療は、過去にも血抜き療法や恐怖療法、ロボトミー手術など、科学的根拠のない危険な治療をたくさん生み出している。1960年、日本医師会の武見太郎は精神医療のことを牧畜業者と批判しているが、的を射た皮肉である。

こういった精神科治療薬を抜くのはかなり大変だろう。覚せい剤による薬物中毒を克服するのと同じように苦しい体験をすることになる。

人生を棒に振りたくなければ、覚せい剤同様、この手の薬に手を出すのはやめた方がよい。家族や友人、大切な人がこれらの服用を考えているなら、あなたから教えてあげて欲しい。

抗精神病薬は薬か毒か?統合失調症治療の歴史から見えたマッチポンプ医療

2019年6月17日

不安は病気なのか?抗不安薬ベンゾジアゼピンの歴史に学ぶ幸福の人生哲学

2019年6月22日

うつ病は治療するから治らない?精神科医がひた隠しにする抗うつ薬の事実

2019年6月26日

Follow me!