医師が教えない精神医療の黒すぎる事実(完全版①)謎の診断マニュアルDSM

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精神疾患バブルを起こした三つの変化

2011年、厚生労働省は虚血性心疾患、脳血管疾患、がん、糖尿病に精神疾患を加えて五大疾病とする方針を決めた。2008年の患者調査によると精神疾患の患者数は約323万人である。

四大疾病で最も患者数が多かった糖尿病(約237万人)を大きく上回り、がん(約152万人)の2倍、6年後の2014年度では約392万人と群を抜いて多い。四大疾病の増減が概ね横ばいであるのに対し、精神疾患だけが急増している。

その分岐点となったのは1999年である。

精神疾患と言っても種類は様々あり、例えばアルツハイマー型認知症、てんかんなど器質的な原因がある疾患の数は微増、少なくとも急増はしていない。精神疾患全体の急増を牽引したのは、うつ病や不安障害などの気分障害である。

気分障害の患者数は1996年度で約43万人、1999年度で約44万人と90年代は微増、2002年度で約71万人、2005年度で約92万人と2000年代に入って急増する。2014年度で約111万人、2017年度で約127万人と増加が止まらない。

つまり、気分障害は1996年から2017年までの約20年でおよそ3倍に増加したことになる。

それだけ病気が増えた、ずっと見過ごされていた病気が見つかった等の要素はゼロではないだろう。しかし、感染症以外の病気がこうも短期間で急増することなどあり得るのだろうか。

まずデータを読み違えてはならない。

これらのデータは、精神疾患が増えたということではなく、あくまでも精神疾患の診断数が増えたということを示しているに過ぎない。だとすれば不可解な急増のカラクリも予想がつく。

まず思いつくのは医療保険制度のしくみだ。

社会保険医療では、保険診療を受ける際、被保険者である患者が医療費の一部を医療機関の窓口で支払う。その後、医療機関が残りを健康保険組合など保険者に請求する仕組みになっている。診療報酬の請求に必要なのが患者の傷病名である。来院した患者に何らかの診断名をつけなければ、医療機関は診療報酬をもらえない。

つまり精神科や心療内科で悩みを開示すると、それがたとえ正常な範囲のものであっても、診断が下される可能性がある、ということだ。

必然的にこういう仮説が生まれる。

精神科や心療内科が増えたから(精神的な悩みの受け皿が増えたから)、正常範囲の悩みを精神疾患とみなす機会が増え、結果的に精神疾患の診断数が増えた、のではないだろうか?

実際、精神科や心療内科は異常な勢いで増えている。1978年の病院数を1とし、その後どのぐらい増減したか、診療科目別に推移を表した調査がある。2016年の全体の数字は0.98とやや減少、例えば、小児科が0.86、外科が0.89、内科が1.17、整形外科が1.28と、他科はいずれもやや減、やや増であるのに対し、精神科(心療内科)の値は、2.52と群を抜いて高いのだ。

需要が増えたから供給が増えた、のかもしれない。しかし反対に、供給が増えたから需要が増えたという可能性を否定することもできない。

精神疾患が急増し始めたのは1999年ごろ、精神医療に関する当時の変化は大きく三つある。

一つ目はDSMが日本の精神医療に導入されたこと、二つ目はSSRIの販売が開始されたこと、三つ目はメディアの報道によって日本の精神疾患観が少しずつ変化したこと、だろう。

これら三つの背景を詳しくひもといてみたい。

関係者も批判する謎の診断マニュアル

ある病気が急激に増える背景として、第一に考えられるのは診断基準が緩和された可能性だろう。例えば、高血圧という診断を下すかどうかは、簡単に言えば、収縮期血圧が140以上か以下かの線引きで判断できる。もし仮に、その基準を120まで緩和した場合、何が起こるだろうか。次の年から疾患者数が急増するはずだ。

高血圧の診断基準が理由もなく緩和されたり、医師の主観で変わったりすることはありえない。なぜなら血圧の場合、バイオマーカー(生物学的指標)があるからだ。客観的な数字で示される分、診断基準の見直しがない限り、例えば、数字の見間違いによって高血圧の診断数が急増するなどといったことは考えられない。

その点、精神疾患というのは診断基準の緩和が起こりやすい、致命的な特徴を持っている。

1990年代以前の精神医療では、精神疾患かどうかの判断は医師の経験値によるところが大きかった。そのため医師の間でも診断が一致しないということはしばしばあったようだ。誰が診ても同じ診断が下せること、それを目指して1980年以降、アメリカの精神医療で使われ始めたのが、DSMによる操作的診断である。

結論を言えば、日本の精神疾患バブルを引き起こした一端がDSMにあるのは間違いない。

DSMは、アメリカ精神医学会の書籍で、1952年に初版が出版された。以降、大きく四回の改訂を重ね、現在世界中で診断基準として使われているものはDSM-5である。DSMでは精神疾患ごとに複数のチェック項目があり、患者の訴える症状がそれにいくつ当てはまるか、どの程度当てはまるか、によってうつ病やその他の精神疾患を診断する。これを操作的診断という。

例えば、大うつ病の診断基準を見てみたい。

大うつ病の診断基準(DSM-Ⅳ)

まず症状について、9つある基準のうち5つ以上に該当することが診断の要件となる。そのうち最低1つが1番か2番でなくてはならない。

1.抑うつ気分

2.興味や喜びの喪失

3.食欲の減退あるいは増加、体重の増減

4.不眠あるいは睡眠過多

5.精神運動性の焦燥または制止

6.易疲労感または気力の減退

7.無価値感または過剰(不適切)な罪責感

8.思考力や集中力の減退または決断困難

9.死についての反復思考、自殺念慮(企図)

そして症状の頻度や継続期間について、以下すべてに該当するようならうつ病と診断される。

  • ほとんど一日中
  • ほとんど毎日
  • 二週間以上

とてもシンプルで分かりやすい。これなら経験値と関係なく、客観的な診断が下せる。自然科学的な原因論ではなく、症状を切り口に人為的に疾患を定義する。これが操作的診断である。

ちなみに医学の定義上、精神の疾患というものはない。なぜなら疾患という概念は、原因と症状の因果関係が明確なものを指すものだからた。精神科の診断名のうち、原因が明確なものは一つもない。とりあえず結論のみ、説明が長くなるため別の記事で論じさせてもらおう。

現代の精神医学において、精神疾患の遺伝的・生物学的原因に関する説得力のある証明は、いまだにただのひとつもなされ ていない。(精神科医、デビッド・カイスラー)

(以降、精神疾患はすべて精神障害と表現する)

DSMはどうやっても客観的な判断基準になりえない。なぜなら精神障害にバイオマーカーはない、少なくとも見つかっていないからだ。そのため任意で基準を設け、最終的に医師の主観によって診断することになる。その際、重要になるのは診断方法の妥当性と信頼性である。

妥当性とは、測定したいものが正しく測定できるかどうか、例えば、発熱しているかどうか判断するのに体温計という方法は妥当性がある。

一方の信頼性とは、誰が測定しても、何回測定しても(対象が同じなら)同じ結果が出るかどうか、例えば体温を測るなら、水銀よりも電子体温計のほうが信頼性が高いだろう。DSMの問題で致命的なのは、妥当性がないことだ。

DSM-Ⅲ、Ⅳの作成に関わった統合失調症研究の権威、ナンシー・アンドレアセンは、DSMが信頼性を達成するために妥当性を犠牲にしたことについて以下のように指摘している。

DSMによって誰でも同じ診断を下せるようになったが、そもそも診断結果そのものが信用ならない。いい加減なものであり研究の役に立つことはない。

DSM-5の作成に携わったマイケル・フィリップスは、日本精神神経学会学術総会の講演”The Structure and Philosophy of DSM-5“で、DSMの問題点に言及している。

DSMは症状に基づいて、統計学的な観点から疾病分類をまとめている。半面で、生物科学的な客観的指標に基づく視点が欠けている点で課題を指摘する声は多い。Phillips氏も批判を承知した上で、「妥当性の点ではダメである」と率直に語った。出典:m3.com

極端に言えば、妥当性がないというのは、太ったかどうかを知るのに体温計を使うようなことをいう。誰が測っても正確な体温は測れるが、それは本当に知りたいことを教えてくれない。

しかし、妥当性が低いことについてDSMを責めることはできない。なぜならDSMとは妥当性を考慮して作られたものではないからだ。

妥当性も客観性もない、しかし儲かる

DSMは精神障害の診断用ではなく、統計調査の分類マニュアルとして開発されたものだ。

DSM-Ⅰ、DSM-Ⅱまでは本来の目的、統計調査の分類マニュアルとして使用されていた。それが障害の診断で用いられるようになったのは、1980年に改訂されたDSM-Ⅲからである。

統計を取るには精神障害ごとの線引きが必要だ。例えば、9つある基準のうち5つ以上あてはまるものを大うつ病と呼ぶことにしよう!などと任意で線引きを決めなくてはならない。

つまり、便宜上の定義でしかないわけだ。

DSM-Ⅳの作成委員長を務めたアレン・フランセスは、以下のように厳しく批判している。

DSMの条件がかなり主観に頼った選択の産物であり、科学的な必然性があるわけではない。

2013年、DSM-5の編集委員長を務めたデヴィッド・クッファーも遠回しに批判している。

精神障害の生物学的、遺伝学的な指標の同定には程遠い。

DSMがエビデンスに基づいた診断基準だと考えている精神医療従事者は少なくない。

例えば、うつ病の基準が5つ以上当てはまり、その症状が二週間以上続く、のように数字を使って客観的な基準を設けているのは確かだ。

ただし、それら診断の基準、症状の定義そのものに科学的な根拠がない以上、間違ってもエビデンスがある、などと言うことはできない。

うつの必要条件の「2週間の持続性」という期間にも、実は客観的な合理性はない。米国精神医学会の識者がこのくらいが適当であろうと多数決で決めたものだ。出典:東洋経済オンライン

精神病理学者、内海健の批判は辛らつだ。

言ってみれば、DSMとはきわめて高度な議論の末に、とてつもなく粗末な妥協の産物が産み落とされた、そのような代物である。

アメリカ国立精神衛生研究所も、この症状中心主義のDSMから距離を取っているようだ。

2013年、DSM-5が発表される直前、DSMに基づく研究プロジェクトには資金を提供しないと決定した、という発表がされている。

当然、こういう疑問が生じるはずだ。根拠のない基準をいったいなぜ使い続けるのだろうか?

答えはシンプル、儲かるからだ。

NIH、統合失調症研究センター元所長のローレン・モシャーはDSMについて皮肉を述べる。

DSMは精神医学が医学として認められるよう模造されたものであり、内部の者はそれが科学的というよりも政治的な書物であると知っている。DSMはその最大の欠陥にも関わらず、権威ある書物となり、カネを生み出すベストセラーになった。

では、そのカネは誰の懐に入ったのだろう?

アレン・フランセスはこう述べている。

DSM-Ⅳはあまりにも貧弱な堤防であり、製薬企業の強引で狡猾な運動にあおられた軽率な欲求の洪水をせき止めることができなかった。私たちは製薬企業を利するような提案は一貫して拒んできたがこの保守的なマニュアルがこれほど易々と格好の宣伝材料にされる事は予想できなかった。

DSMの恩恵を受けたのは製薬企業のようだ。

1980年、DSM-Ⅲが発表された7年後、イーライリリーからSSRI(抗うつ薬)プロザックが発売され、アメリカで大ヒットすることになる。

止まらない、精神疾患の診断インフレ

薬を売るため病気を広める、というのはマーケティング的に素晴らしいアイデアである。

1972年、キールホルツは、うつ病の予防と治療のための委員会を設立、1980年代、米国や英国でうつ病撲滅キャンペーンが行われた。

誤解してはならないのは、これは本当に素晴らしいことなのだ。抑うつや不安を鎮める画期的な薬によって人生が救われる人はいた。製薬企業のマーケティングやうつ病撲滅キャンペーンが始まったのは善意からだろう。しかし、いつからか目的がすり変わってしまったようだ。

製薬企業にとって渡りに船だったのは、DSMに空いた致命的な穴を発見したことである。

DSMは妥当性を犠牲にし、信頼性を高めた診断基準であり、誰が診ても同じ診断が下せることが最大の、というより唯一の価値だった。しかし、DSMは肝心の信頼性も失ってしまう。

その原因となったのが診断の除外規定だ。

DSM以前、精神障害というのは、理由なく抑うつや不安が生じたり、理由に対して抑うつや不安が強すぎるとか、問題が解決したあとも抑うつや不安が続く場合のものを指していた。明確な理由があるとか、その理由に対して症状が妥当なものは病気とみなすことはなかった。

例えば、配偶者を亡くしたり離婚したり生きがいを失ったり、抑うつや不安になりやすい性格傾向があるとか、客観的に見て抑うつや不安になるのも当然と思えるような理由がある場合など、それらは診断から除外されてきたのだ。

一方、DSMが対象とするのはあくまでも症状のみであり、抑うつや不安の背景、原因について考慮するようなつくりではない。しかしそれでは、失恋して食欲がなく眠れず、二週間以上落ち込んでいるとうつ病と診断されてしまう。

そのためDSMにも診断の除外規定があり、端的に言えば、妥当な理由があるもの、正常範囲の症状は病気ではない、と定められている。

ところが、どのような理由や背景があれば、それを妥当なものとして障害の診断から除外するのか?この規定がまた恐ろしく曖昧なのだ。

例えば、DSM-Ⅳ、大うつ病の除外規定に関する補足説明はこのように記されている。

悲哀の時期は人間の本性としてどんな人も経験するものである。症状の激しさの基準、持続時間の基準を満たし、臨床的に問題とされるような苦痛なり、能力の低下がない限り、このような時期にある人を大うつ病と診断してはならない。出典:DSM-Ⅳ

「臨床的に問題とされるような苦痛なり能力の低下がない限り」おそらくここが除外規定なのだろう。もう数字を使うことも諦めたようだ。

落ち込んだり不安になるのはよくあることだ。それ相応の理由や背景があってそうなるのは決して異常なことではない。診断除外の必要性を残したのはよい。しかし、肝心の判断基準が主観任せではバラツキが出るのも当然だろう。

その結果、起きたのが診断のインフレだ

DSMが普及して以降、たった15年間でアメリカにおける成人の双極性障害の診断数は2倍、小児の注意欠陥多動性障害は3倍、自閉症は20 倍、双極性障害は40倍にも増えたという。

さすがアメリカ、増え方もビッグサイズだ。

ともなって精神障害による所得保障や傷害保険の受給者数も20年で2倍に増加しており、アメリカにおける社会問題となっているという。

DSM-Ⅳの作成過程を振り返り、編集委員長を務めたアレン・フランセスはこう述べる。

製薬企業の得になった決定はふたつしかない。ADHDの条件をわずかに緩めたことと、双極Ⅱ型障害を導入したことだ。出典:正常を救え(134P)アレン・フランセス

成人よりも子どものほうが社会性に欠けるのは当たり前のことだ。不適切だが、診断から除外するべき行為は多数あったに違いない。しかし、その判断基準はあってないようなものだ。

正常と病気のボーダーは一本の線ではない。グレーゾーンが広がり、いったいどこからが病気なのか、誰も判断できなくなってしまった。さらにある政治的な出来事がきっかけとなって、病気側の領域が一気に拡大することになる。

1997年、アメリカ連邦政府は処方薬を直接、消費者に広告できるDTC広告、Direct-To-Consumers Advertisingを認可している。

それまで医薬品を直接、消費者に宣伝することは禁じられていた。それをすれば患者が消費者となり、医療が拡大するのは目に見えている。

アメリカの各家庭でこういうCMが流れた。

あなたの気分がいつも落ち込んでいるのは性格や考え方のせいではありません。うつ病や不安障害といった病気のせいであり、この薬を飲めば、簡単に治るものなのです。いますぐ精神科へ行って、あなたの悩みを話しましょう。

CMを観た視聴者が精神科に殺到する。

2005年、WHO世界精神保健調査は、DSM-IVの4つの診断カテゴリに含まれる19種類の(軽症例を含めた)障害について、アメリカ人の生涯有病率は46.4%であると報告している。

人口の半数近くが精神疾患という異常事態、さらに2013年、DSM-5が追い討ちをかける。

DSM-5では、大うつ病の診断基準から死別の除外規定が削除されている。配偶者を亡くした二週間後に立ち直らなければ、その落ち込みや無気力がうつ病にされてしまうということだ。

最後の堤防だった死別の除外も撤廃され、事実上、DSMの診断除外規定はなくなった。つまり、人生で起きる当たり前の抑うつや不安もすべて病気という認識が生まれることになる。

それだけではない。むしろここからが本番だ、

DSMの診断は、抑うつや不安などの感情を超えて、行為や嗜癖、犯罪にまで手を掛ける。

冗談のようなDSM診断カテゴリー例

実際、最新版のDSM-5のなかには、とんでもない診断カテゴリーが掲載されている。

重篤気分調節不全障害

DMDD(Disruptive Mood Dysregulation Disorder)、別名はかんしゃく発作である。

ある精神科クリニックのWEBサイトを確認すると、DMDDについてこう書いてあった。

特徴:重篤気分調節症は抑うつ障害の一種です。主に子どもに現れ、発達に相応しくないほど激しい易怒性(怒りっぽさ)が慢性的に(1年以上)持続することが基本的特徴です。2つの特徴的な症状があります。出典:ハートクリニック

筆者の経験上、易怒性のある子どもの両親はたいてい不仲であり、とくに母親に過度な心配性が見られることが多い。しかし、そのような環境要因を評価する尺度はDSMに存在しない。

アレン・フランセスは著書のなかで、DMDDの診断は慎重に行うよう注意喚起している。

DMDDは正常な子どもに見られるかんしゃくと区別することができない。結果、正常だが苛立っている子どもに対して精神疾患があると偽陽性の誤審をする可能性がある。出典:DSM-5 精神疾患診断のエッセンス

診断するな、と言っているようなものだ。

反抗挑発症

反抗挑発症は、反抗挑戦性障害とも呼ばれ、否定的、反抗的、不服従の行動を繰り返し起こす病気、権威のある人物が対象になるという。

医療従事者向けのWEBサイトを参照すると、

反抗挑発症が起こる原因は解明されていません。成人が大声で口論する家庭の小児によくみられるとされています。反抗挑発症は、今後の研究と治療が必要な根本的な問題を示しています。出典:MSDマニュアル 家庭版

例えば、うちの犬がお手などの芸ができないのは遺伝的な疾患のせいですか?と獣医師が問われたら、しつけをしたかどうか、その方法に誤りや不足がなかったか確認されるはずだ。

極端な例えだが、上記の文章は、お手無反応性障害が起こる原因は解明されていない。大声で怒鳴ったり適切な訓練法を実践できない家庭の犬に多い、と答えているようなものである。

何の解決策も与えていないばかりか、むしろ本当の問題解決から遠ざける結果を招く。唯一のメリットは養育者に免罪符を与えることだ。

人は霊長類サル目ヒト科、ホモ・サピエンスという哺乳類動物だ。幼少期に社会化トレーニングが必要なのは人も犬もまったく同じである。

教育や関係性、意思疎通の問題を、それを分かりやすく表現している個人の病気として解釈するのが精神医療のパラダイムなのだろう。

窃盗症

窃盗症とは、経済的利得目的以外で、窃盗行為という衝動を反復的に実行する症状で、精神障害の一種である。出典:Wikipedia

窃盗症という病名が広まったのは、女子マラソンの元日本代表選手、原裕美子の事件からだ。

執行猶予期間中の窃盗罪に問われた女子マラソンの元日本代表選手、原裕美子被告(36)=栃木県足利市=に前橋地裁太田支部の裁判官が3日、言い渡した判決は懲役1年保護観察付き執行猶予4年。原被告は判決後、群馬県太田市役所で記者会見を開いた。自ら明かした摂食障害に伴う窃盗症(クレプトマニア)の克服に意欲を示した。出典:朝日新聞 DIGITAL

障害や症候群は疾患(病気)ではないのだが、社会的な認識としてそれらはよく混同される。その結果、定着するのはこういう解釈である。

窃盗症という病気のせいで万引きを繰り返す。(悪いのは病気であって彼女自身は悪くない)

一般認識はどうあれ、実際はこうである。

万引きを繰り返す人のことを窃盗症と呼ぼう、と精神医療が(科学的根拠なしに)決めた。

筆者の経験上、万引きや窃盗など、価値を盗んでしまう心理の背景にあるのは、盗まれた、奪われた、という強烈な被害者意識である。

原裕美子にも奪われた経験があったようだ。

競技を引退した一四年には、信頼していたコーチとの金銭トラブルで七百八十万円を失った。昨年一月には、婚約者と婚姻届を出す前日に連絡が取れなくなった。「人生のどん底」。ストレスや怒り、悲しみを忘れようと、さらに万引はエスカレートした。出典:東京新聞 Web

他にも以下のような診断カテゴリーがある。

  • 窃触障害(痴漢)
  • 放火症(放火魔)
  • 露出障害(露出狂)

もちろん病気ではない、犯罪だ。

反社会的な行為や嗜癖を医療化するメリットがないとは言わない。例えば、解決に踏み出し易くなるというのが代表例だろう。その反面、生じるデメリットがモラル・ハザードである。

病気だから仕方がない、が浸透すれば、社会維持が難しくなるのは当たり前の結果だろう。

ほか奇妙な診断カテゴリー

  • 早漏
  • 素行障害
  • ためこみ症
  • 病的賭博
  • 悪夢障害
  • 小児性愛障害
  • 異性装障害

DSMを通して見ると、反社会的な行為や望ましくない反応はすべて病気となるようだ。だとすれば、一般的な社会において普通でない行為は、いずれ診断の対象になる可能性がある。

実際、診断カテゴリー数は増え続けている。

DSMⅢの診断カテゴリー数は265だったが、DSMⅢRは292、DSMⅣは322となり、最新版のDSM-5ではおよそ500となっている。

なお、最新版のDSM-5、今後の研究のための病態を確認するとインターネットゲーム障害というものがあり、”この障害は明らかな公衆衛生上の重要性をもつ ” と記載されているあ


以上、DSMについてまとめると、DSMの診断カテゴリーは科学的根拠のない、便宜上の定義に過ぎない。診断が一致するわけでもなく、医学的な有用性はほとんどないと言ってよい。

それでも普及しているのは政治的、経済的な背景があるからで、それは患者の健康や病気の治療を中心に下された判断ではない。アメリカで精神障害診断のインフレを引き起こした要因の一つがDSMであることは疑いようがない。

DSMが日本に輸入されたのは1999年、日本の精神障害の患者数が急増し始めた時期と一致する。日本における精神障害バブルもDSMが普及したことに一因があると見て間違いない。

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